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古事記に記された天皇の秘密|日本の神話から消された邪馬台国と富士山の謎

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日本の歴史は正しいのか?今の日本の歴史は古事記や日本書紀を元に語られているが、実は日本誕生の歴史は曖昧だ。さらに言うと、この古事記については誰が書いたかすらもわかっていない。

 

 

今回はそんな謎が多い日本の歴史、古事記の謎についてご紹介致します。

 

古事記はいつ誕生したのか

縄文時代が終わって弥生時代(紀元前300年~西暦250年頃)に入ると、中国から「漢字」が伝わり日本に普及し始めます。もっと以前にも記号のようなモノ(神代文字)は存在していたらしいが、日本では「漢字」以前の文字は史実として認められていない。

 

日本が建国されたは紀元前660年2月11日(建国記念日)となり、初代天皇の即位日になります。※ちなみに、新暦では2月11日ですが、旧暦では1月1日となる。

 

そしてその後、西暦673年辺りに第40代目の天皇「天武天皇」の命令によって日本の歴史(天皇の系譜や伝承など)をまとめた「古事記」の作成が始まる事となります。

 

 

古事記とは

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そして編集が始まってから約30年後の「712年」に古事記は完成したとされています。この古事記には主に、

・日本の歴史

・日本神話

・天地創成

・国づくり

・天皇について

などが物語風に記述されています。

 

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 ※日本書紀

 

古事記と日本書紀

古事記とほぼ同時期に書かれた「日本書紀」という歴史書も存在する。内容細部を比較すると異なる点はあるものの、古事記と日本書紀に描かれている事はほとんど同じ内容です。これらを合わせ「記紀神話」と呼ぶ。

 

日本書紀も天武天皇の命令によって作成が始まったのだが、古事記の内容の他にも、公的記録、他資料引用、国家としての歴史が年代別に記されている為、古事記の全3巻に対して、日本書紀は全30巻+aとなっています。また、日本書紀の編纂には多くの皇族、官人が関わっており古事記完成後の8年後に日本書紀は完成したとされている。

 

古事記の作者「稗田阿礼」とは

まず古事記は「天皇の系譜」や「古い伝承」などの参考文献を元に記述されています。古事記以前に歴史書が存在していた事になるのだが、これらは修正に次ぐ修正で歴史書としての真実味を失ってしまったという。そこで、新しく書かれたのがこの「古事記」という訳だ。

 

ちなみに、この古事記の編集者は太安万侶(おおのやすまろ)という文官であった。太安万侶は内容を「稗田阿礼(ひえだのあれ)」という人物から聞いて「古事記」としてまとめたとされている。ただ、この「稗田阿礼(ひえだのあれ)」という人物についての詳細は不明とされている。

 

古事記の内容と特徴

古事記は全3巻で構成されていて、上巻・中・下巻にそれぞれ分けられます。上巻は天地創成から神々誕生、国づくりの様子が物語風に描かれていて、中・下巻で天皇について描かれています。

 

古事記のあらすじ

はるか昔、高天原(天の国)に最初の神様「天之御中主神:アメノミナカヌシ」が姿を現した。ただ、天之御中主神はすぐに姿を消してしまう。その後も性別不明の数体の神が現れるがすぐに姿を消してしまいます。ちなみに、天の国の神様の事を総称して天津神(アマツカミ)と言う。

 

次第に性別を持つ神が姿を現すようになり、あの有名な神様である、伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)という男女の神様が現れた。当時地上は大地が不安定だった為、天津神達は二人に地上を整えるようお願いした。

 

伊邪那岐と伊邪那美は天津神から「天沼矛:アメノヌボコ」という矛の様な物を受け取り、虹橋に乗って地上に降りた。そして最初にオノコロ島(現在の淡路島の一部)を作り出した。その後、自分たちの寝床や天御柱:アメノミハシラという「天との連絡塔」を最初に作ったと言われている。

 

現在で言う恋愛のような感じではないが、伊邪那岐と伊邪那美はその後地上で夫婦になる誓いを行った。その誓いが行われたのが「天御柱:アメノミハシラ」だった。柱を二人が左右に分かれて回り、出会ったところで告白のようなものが行われた。この時、女性である伊邪那美(イザナミ)側が告白したという。

 

それから伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)は夫婦になった。ただ、なぜか2人の子はどれも不完全であった。その中にはあの有名な蛭子神(ヒルコ)などの神もいた。これを心配した夫婦は、なぜ不完全な神が生まれるのか高天原に尋ねた。すると、男性の方から告白しないといけないよ。と言われる。

 

さっそく2人はもう一度アメノミハシラで告白寸劇を行った。それが大成功。二人は子を授かった。そして最初に産まれたのが「淡路島」だった。そして二人はどんどんと「島生み」を行っていった。

 

そしてその後、よく聞く神話上の「神様達」を産んでいく事になる。そんな時に生まれたのが火の神様である「火之迦具土:ヒノカグツチ」という神様。この神様が生まれた事によって伊邪那美(イザナミ)は全身に大火傷を負ってしまう。傷口から感染症を起こし体調を崩してしまった伊邪那美(イザナミ)は弱っていった。ただそんな時でも「神生み」は止まらなかった。これまでは夫婦が交わって生まれていた神様達だったが、伊邪那美(イザナミ)の吐しゃ物や尿からも神様が生まれだしたのだ。

 

その後、結局伊邪那美(イザナミ)は亡くなってしまう。これに怒った伊邪那岐(イザナギ)は火之迦具土:ヒノカグツチを十束剣(とつかのつるぎ)で殺してしまう。ただここでも神生みは止まらなかった。剣の先に着いた血液や飛び散った血液からも神様が生まれだしたのだ。実際、あの有名な建御雷神(たけみかづち)という神様もこの血液から生まれたとされている。

 

悲しみに暮れていた伊邪那岐(イザナギ)は黄泉の国に伊邪那美(イザナミ)を探しに行くが、結局、黄泉の国で伊邪那美(イザナミ)を怒らせてしまい逃げ帰ってくることになる。この時、怒った伊邪那美(イザナミ)は「国の人間を毎日1000人殺す」と告げた。それに対して伊邪那岐(イザナギ)は「私は毎日1500人の人を生む」と言った。

 

※当時、人間の存在は明記されていないが、この頃には既に人間が生まれていたと考えられている。もしくはこの時に人間の寿命が確立されたとも言われている。

 

そんな事があった為、その後伊邪那岐(イザナギ)は身体を清めるために川で禊(みそぎ)を行った。そんな時でも神生みは続いていた。なんと、川に浸かった伊邪那岐(イザナギ)だったが、その身体の汚れや垢からも神様が生まれ始めたのだ。

 

また、ここで後の「三貴子」と呼ばれる神様が生まれる事になる。まず左目の顔の汚れを拭った際に誕生したのが、一番有名な「天照大御神:アマテラスオオミカミ」だった。そして右目を拭った際に誕生したのが「月読尊:ツクヨミノミコト」という夜の神様。鼻を拭った際に誕生したのが「須佐之男命:スサノオノミコト」だった。

 

この神様達を見て伊邪那岐(イザナギ)は自分の目的が達成したと感じた。そして、アマテラスオオミカミに高天原(天の国)を任せ、ツクヨミノミコトには夜の世界を任せ、スサノオノミコトには海を任せた。それから伊邪那岐(イザナギ)はその後姿を現さなくなっていった。

 

そこからアマテラスオオミカミが高天原(天津神)を統治していき、神々の物語となる。なんだかんだあり、暴れん坊だった須佐之男命:スサノオノミコトが高天原から地上へ追放される。そして現在の出雲辺りに降り立った須佐之男命はそこで子孫(国津神)を多く残す事になる。その中の一人が「大国主:おおくにぬし」という神様だった。

 

時が経ち、この大国主が出雲を統治する事になるのだが、その後、結局アマテラスオオミカミに出雲を譲る(国譲り)事になる。この時、大国主は国を譲る代わりにアマテラスオオミカミに「社を作ってほしい」とお願いした。それを聞き入れたアマテラスは大国主を祀る社として「出雲大社」を創ったという。

 

そこへアマテラスオオミカミの孫である「ニニギノミコト」が天孫降臨をする。(天孫降臨した場所は出雲ではなく、宮崎県北部の西臼杵(にしうすき)郡高千穂辺りと言われている)

 

そしてその後ニニギノミコトを含むアマテラス系の神様が日本を治めていった。その後もアマテラス系の子孫が国を譲り受けていき、紀元前660年2月11日(建国記念日)に初代天皇「神武天皇」が即位、それ以降何代にも渡る天皇の歴史が始まる。という訳です。※ちなみに、ニニギノミコトから神という存在に寿命が生まれた為、天皇には寿命がある。

 

古事記に書かれた内容が嘘だった

この古事記は天皇の命によって書かれたため、後半は主に天皇家の系譜や歴史が記されている。その為、古事記は「天皇家による支配を正当化するための書」という説が存在する。つまり「天皇の系譜」や「古い伝承」を修正して都合よくでっち上げたのではないか?というのだ。

 

確かに古事記の後半は天皇家に都合がいい事しか書かれておらず、どこか寄せ集め感が拭えません。断片的な印象を受ける理由はもしかすると都合が悪い事を飛ばしているからなのかもしれません。

 

実際、ニニギノミコトの子孫である初代天皇が「神武天皇」となっているが、実はニニギノミコト以前に既に天孫降臨を行っていた神がいた。それが「饒速日命:ニギハヤヒノミコト」という神様。ニギハヤヒはニニギノミコトよりも前に天磐船(あまのいわふね )で地上に降りていて、既に地上で「大和」を創設して統治していた。

 

古事記上ではニギハヤヒがニニギノミコトに国を譲渡したとされているが、明らかに地上には既に統治国家(大和)が存在していた事になる。つまり、既に「天皇」と呼ばれる存在がいた事になる。

 

ただ、その後の記述ではニギハヤヒの存在が希薄となっていく。この事から、天皇の歴史の邪魔になったニギハヤヒを歴史から消しているという事が読み解けるのだ。そして結局そんな事があったのにも関わらず、なぜかニニギノミコトの系譜を受け継ぐ「神武天皇」が初代天皇となってしまった。※天皇という名称がつけられたのが奈良時代だった為、ここで「初代の天皇」の改ざんが行われたという説もあり。

 

ホツマツタエに記された本当の歴史

また、天皇の祖先である天照大御神:アマテラスオオミカミにも謎が多い。古事記では天照大御神が女性であり「女神」とされているが、紀元前200年頃~300年頃に書かれたとされる「ホツマツタエ」という歴史書には、天照大御神が「アマテル」という男性だったと記述されており、そもそも歴史が古事記とは大分異なっている。

 

このホツマツタエは「ヲシテ文字」という古代文字で書かれているのだが、なぜ現代にこのヲシテ文字の痕跡がないのかも謎が残るところだ。もしかすると、このホツマツタエやヲシテ文字を使った物にはなにか都合が悪い事が書かれていたのかもしれない。ただ、前述した通り漢字以前の言葉は日本では認められていない。もちろんこのホツマツタエも正式な歴史書として認められていない。

 

日本神話から消された邪馬台国と富士山

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古事記や日本書紀が書かれた時代以前、日本には邪馬台国(やまたいこく)が存在していたハズだがなぜか日本の文献や考古史料では語られていません。また、あれだけ存在感のある富士山についても古事記や日本書紀には一切記されてはいない。

 

教科書にも乗っている邪馬台国は女王「卑弥呼」が統治していた統一国家だったとされていますが、古事記には一切登場しないのです。

 

邪馬台国の話の元は中国の魏志倭人伝(ぎしわじんでん:三国志)から来ているのだが、実際に中国の旧唐書(くとうじょ)という歴史書にも邪馬台国倭国)とは別に「日本国(天皇が支配する日本)」という国があったと記されている。また、富士山についても中国の歴史書には記されており、実際に古代中国人は富士山に訪れている。※古代中国人が富士山に何をしに来たのかはコチラの記事⇒【永遠の命を得る「不老不死の霊薬」の正体】をご覧ください。

 

邪馬台国の事実と天皇家の闇

いまだにその場所が不明とされる邪馬台国ですが、卑弥呼が国を統治していたころは国も安定し平和だったと言います。また、実は富士山の麓にも古代の王朝が存在していたという噂が存在しています。※古代富士王朝についてはコチラの記事⇒【超古代王朝「富士王朝」とは】をご覧ください。

 

もしかすると、これらの事が日本の歴史に記されていないのには何か理由があるのかもしれません。古事記や日本書紀に都合が悪いような、天皇家に影響するような…。

 

まとめ

ある一説では共通点も多い事から卑弥呼=天照大御神説が存在します。古事記を紐解く事にとって真実が見えてくるかもしれません。古事記は日本最古の「ねつ造書」などとも呼ばれていますが、日本古代史にはかなりの謎が多いため事実はわかりません。

 

日本の出発点は古事記によると初代の神武天皇から始まる事になるのですが、実際はそのような人物がいたのかさえわかっていないのです。これから発掘や研究が進むと何か真実が見えてくるかもしれませんが、歴史が変わるような情報はまず公開されないでしょう。

 

ある一説では、天皇家に対して邪魔になる情報は捻りつぶされると言われています。関係しているのかは不明ですが、日本にも「八咫烏」という秘密結社が存在し、天皇家に仕えている。などという噂もあります。

 

日本の歴史は浅いように見えますが、真相はかなり深いところにあるように思います。※ちなみに、八咫烏についてはコチラの記事をご参考にどうぞ。