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超古代王朝「富士王朝」とは|富士山噴火の歴史と浅間神社のモデルとなった神社

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日本最古の神社は「不二阿祖山太神宮:ふじあそやまだいじぐう」という神社です。富士山の麓、河口湖からも近い場所にあるこの神社には実は多くの秘密が隠されています。それは日本の歴史をも覆すほどのものだった。

 

では、不二阿祖山太神宮にはどのような秘密が隠されているのでしょうか。

 

 

今回は、日本に存在した超古代王朝「富士王朝」についてご紹介致します。

 

富士山噴火の歴史と浅間神社の関係性

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※画像引用元はコチラ

 

まずは富士山の歴史から振り返ってみましょう。誰もが知る富士山は、静岡と山梨を跨る日本最高峰の活火山です。約10万年前から活動していた火山が、現在の富士山の形作ったのは約1万年前とされています。そんな歴史を持つ富士山は古来より神聖視され「神が住む山」と言われるようになりました。

 

文献上、800年代に噴火を沈静化するために「浅間神社」が祭祀され、富士山を神格化した浅間大神(火山神)を祀ったとされている。

 

ちなみに、最後にして最大の噴火は1707年の宝永の噴火であった。そんな長い歴史をもつ富士山には当然多くの伝説が語り継がれています。その中でも、今回紹介するのは富士・超古代王朝伝説です。

 

 

富士山の浅間神社に祭られている神様

さて、富士山の歴史を振り返ってみましたが、富士山に祀られている神様は何者なのでしょうか?実は、昔は富士山そのものを火山神(浅間大神)として信仰していたのだが、近世に入ってから「コノハナノサクヤヒメ」という記紀神話の中の女神が当てられるようになった。

 

※ちなみにここでいう「浅間」とは「火山」の呼称。文献によると昔は水の神様を祀っていた時代もあったそうですが、今は火山神として祀られています。浅間神社を総本社としている神社は日本国内約1300社あるのだが、これら全て富士山を神体山としている。

 

浅間神社のモデルとなった神社

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実は、富士山の麓には浅間神社以前に「不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじぐう)」という神社がありました。噴火で消滅してしまったため現在は再建中。実はここ、浅間神社の元宮で、日本最古の神宮と言われています。

 

一説では、浅間神社はこの神社をモデルに作られたとも言われています。

 

つまり、浅間神社の大元はこの「不二阿祖山太神宮:ふじあそやまだいじぐう」という事になるのです。そして、この神社に祭られている神様は元始神(もとはじめのかみ)となります。元始神(もとはじめのかみ)の呼び名は様々だが、元始神はこの世に最初に現れた神様と言われ、イザナギとイザナミなどの神様全ての生みの親とされ、宇宙神とも呼ばれている神様だ。※イザナギ、イザナミなどの歴史についてはこちらの記事⇒【古事記に記された天皇の秘密】をご覧ください。

 

富士山の歴史を綴る古文書「宮下文書」とは

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これら「不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじぐう)」の歴史を綴るのは「宮下文書」という古文書群。明治時代に公開されたこの文書によると、古事記以前、初代天皇より以前に、不二阿祖山太神宮は「富士王朝」という都市の中心に鎮座していたという。

 

中国の複数の史書に見られる日本史上初の大規模な戦争「倭国大乱(わこくたいらん)」もこの時代に起こったと考えられている。政治的統合があったとする説には異論も多いが、当時富士王朝は栄華を極め、全ての政権を握っていたという。

 

結局、噴火で滅亡してしまったが、富士王朝側に属していた人物がその後の天皇に即位したと言われている。また、代々の天皇の即位式はこの神社で行われていたという。

 

宮下文書を書いた徐福と不老不死の関係性

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※画像引用元はコチラ

 

この宮下文書を、書いたのは中国の「徐福(じょふく)」という人物。紀元前3世紀、始まりは中国の秦の始皇帝時代。徐福は始皇帝の命により「不老不死の薬」を日本に探しに船85隻に人や食料や資源を満載してやって来た。不老不死の伝説がある富士山にたどり着いた徐福らは、富士山の麓に住みつき、学問や織物を伝えたと言います。

 

※ちなみに、徐福が探していた富士山の不老不死伝説についてはこちらの記事が参考になります。⇒【実在した不老不死になる薬の正体とは|かぐや姫に登場する不老不死の霊薬の正体】

 

そして、徐福はそこで古代富士王朝の歴史を耳にする。深く感銘を受けた徐福は、口承だけでなく文章としてそれを残したいと考えました。神代文字で書かれている古記録もあったのですが、徐福はそれを翻訳し改めたのです。

 

それが宮下文書の元となっている。それ以降も徐福の子孫らによって歴史を書き継がれていったものが今の宮下文書となっている。(略)

 

宮下文書に記された富士山噴火の歴史

宮下文書には過去に起きた富士山について(富士山噴火の描写、富士五湖誕生物語)も詳しく正確に記録されている。湖形成の様子は、現在の地質学者も驚くほど一致しているという。

 

だが、実は、この宮下文書も不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじぐう)も正史学的には認められていない。当然、富士王朝の存在も認められていない。宮下文書は「偽書」とされているのだ。さらに言うと、全国各地に「徐福伝説」があるのだが、この徐福という人物も正式には認められていない。

 

特に徐福が住み着いた富士山周辺には、徐福の銅像や痕跡が数多く残っているのだが、実際はどこにたどり着いたのか、どこに居住したのか、どこに行ったのか、正確にはわかっていない。

 

この事から徐福は今でも伝説上の人物とされている。古代から日本の歴史に深く関与していたとされる徐福一団は、歴史的に認められていないのだ。※ただ、最近の中国史では「徐福は実在していた!」と考古学的に認められつつある。実際、徐福の出身地なども中国にはあるという。

 

宮下文書と富士山の消された歴史

ではなぜこれだけ信憑性が高いにも関わらず認められないのか?それはやはり宮下文書の中に記されている「富士王朝」の記述が原因だろう。

 

古事記以前、初代天皇「神武天皇」以前にも天皇が存在していたとなれば、当然日本の歴史は大きく変わる事になる。さらに言うと、宮下文書には神々もすべて実在した人物として記されており、古代の神々や天皇は即位していたことが記されている。神様の存在そのものが覆されるかもしれないのだ。

 

さらに言うと、富士王朝時代は渡来人などで連立政権が誕生していた。徐福が日本に住み着いた事もそうだが、この時代は謎の渡来人が日本を形成していた可能性も否定できなくなる。一説では、失われたユダヤの10支族の存在とも関わりがあるとも言われている。

 

富士王朝再建の道

これまでに「不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじんぐう)」は、何度も再建プロジェクトが組まれた。だが、全て失敗に終わっている。鎌倉時代には源頼朝公、大正時代には斎藤実首相、聖徳太子も一部修復を試みますが、中途で終っています。現在でも再建計画はあるようですが、未だに本格的には進み出していないとのことです。

 

噂では、再建に乗り出すとなぜか謎の火事が起きるそうです。まるで何者かによって再建を阻止するかのように・・・

 

まとめ

最初に断言してしまいましたが、宮下文書が偽書である以上、日本最古の神社は「不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじんぐう)」ではありません。

 

実はこれには諸説あるのですが、正確には日本最古の神社はわかっておりません。三重県にある伊勢神宮が日本で一番古い神社であるという説が有名ですが、伊勢神宮は元々皇居内で祀られていた天照大神が祀られています。最も古い神様なので納得はできますが、やはり天皇家に深く関わりがある神様ですね。日本の歴史は少しできすぎているような気がしますが、本当に全て真実なのでしょうか?