赤ノ録

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死後の世界が実在する根拠まとめ|臨死体験から紐解く生まれ変わり現象の謎

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臨死体験時にはよく死後の世界と関係があるような内容が多く確認されています。一般的な臨死体験といえばお花畑や三途の川を想像しますが、世の中には臨死体験時にタイムトラベルや瞬間移動などを体験する人もいるそうです。また中には本当に「息を引き取る」経験をした人物も存在するほどだ。そして、そこで死後の世界を見たという人物までも。

 

そんな臨死体験は、死や霊的な世界に対する考え方を変える契機となり、人生の意義を見つめ直すきっかけとなることも多くあるため、多くの人々にとって注目されるテーマとなっています。

 

 

そこで今回は、そんな臨死体験についての基本的な知識、その科学的な側面と哲学的な側面についてご紹介していきたいと思います。生まれ変わりや臨死体験を通して見た死後の世界についてもご紹介致しておりますので死と向き合うことに疑問や不安を感じる人はぜひご参考にお読みください。

 

臨死体験とは

臨死体験とは、瀕死の状態、死の淵に立った人が体験する不思議で奇妙な体験のことを指します。この状況に陥ると様々な不思議な現象が起こると言われている。臨死体験は、科学的には説明がつかない現象であり、多くの研究者や科学者、また医師などからも興味を持たれています。宗教やスピリチュアルな観点からは、臨死体験は魂の旅や霊的な変容の証として知られています。

 

またこういった臨死体験が体験者に大きな影響を与える事があります。実際、臨死体験を経験した人の中には、死後の世界についての考え方が変化したり、自分自身の人生の方向性を見つけたりすることがあるとされています。

 

 

世界共通の臨死体験

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臨死体験は科学的には説明がつかない不思議な現象であり、人々が死の淵に立った際に経験するものですが、奇妙な事に、これらの体験には共通点が存在するという。特に医療現場で働く医師などは、患者さんから以下のような共通した臨死体験談を耳にするという。

 

  • 医師の「ご臨終です」が聞こえる。 
  • 自分自身を見ている。周囲の人の動きや、話し声が聞こえる。 
  • 暗闇の中に自分がいる。
  • 光が見える。
  • 別の世界にいる。  
  • すでに亡くなっている家族や友人達と会う。  
  • 今までの出来事がシーンで思い出される。走馬灯。 

 

以上の共通点は、多くの臨死体験者が報告している内容であり、科学的な根拠はなくとも、多くの人々が共感を覚えるものとされています。

 

またこれらは海外でも研究がされていて、ある心理学者によると「光を見る」や「死の自覚(客観視)」は世界共通の体験なのだという。ただ、よく日本人が臨死体験時に見る「三途の川やお花畑を見る」という点においては海外では確認できなかった。

 

三途の川とは

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ちなみに、三途の川とは日本の神話において、死者が冥界に渡るために渡らなければならない川の事です。三途の川は此岸(この世)と彼岸(あの世)の境目にある川で、人が死んでから7日目に渡る川といわれている。この三途の川の伝承は、仏教に由来しています。

 

死者が三途の川を渡る時には生前に犯した罪の重さによって3種類の渡り方に分けられる。渡り方が3種類あるので「三途」の川という名前となっているというわけだ。死者は、三途の川を渡りながら自分の人生を振り返り、過去の罪や行いについて考え、冥界での新しい生活に備えます。

 

・善人の渡り方

善人は立派な橋を渡り、川に足をつける事無くあの世へ。

 

・軽犯罪者の渡り方

軽い罪人は浅瀬を歩いてあの世へ。

 

・重罪人の渡り方

岩が流れくるような激流、しかも大蛇もいる深瀬を渡ってあの世へ。流れてくる岩で身体が砕かれても修復するが、川下へ流されたら地獄へ。この事から、重い罪人の多くは渡り切れずに地獄へ行くと言われています。

 

証明できない死後の世界

日本で唯一正式に認められた死後蘇生者「木内鶴彦」という人物が、いわゆる花畑や三途の川を見たと証言しています。彼はその時の事を第一次臨死体験と呼んでいて、実際に三途の川らしきものを見たという。

 

ですが木内鶴彦氏曰く、お花畑や三途の川は「幻覚」だったと言います。これは死を迎える前の幻想で、脳の機能が低下することによって見る幻覚だというのです。

 

この「幻覚説」は多くの科学者が支持していて「血流中の二酸化炭素の濃度が高まることが原因」と考えられているという。実際、二酸化炭素が原因で幻覚を見る事が確認されている。さらに、この幻覚説を裏付けるように、臨死体験時に三途の川を見たという人物は確かに日本人しかいない。※海外では三途の川ではなく「光の中」などと表現する。

 

死後の世界は存在するのか

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※画像引用元はコチラ

 

木内鶴彦氏は幻覚後、30分間も死後の世界を彷徨う事になる。彼は死後の世界で瞬間移動やタイムトラベルなど様々な出来事を体験する事になるのですが、面白いのは彼が息を引き取る瞬間の描写にあります。彼は死ぬ瞬間の事をこう表現しています。

 

「薄れゆく意識の中、心臓の鼓動がピタリと止まった。呼吸もスーハースーハーと呼吸していたのが、急にスースッという感じで息が吸えなくなってしまった。ただ、不思議と苦しくはない」

 

その後、彼は自分の死体を眺めることができる体外離脱状態 (第二次臨死体験)となり、世界の全てを見ていたと言います。つまり、死後の世界です。

 

体外離脱状態ではタイムトラベル、瞬間移動、他人に乗り移る、亡くなった人にも自由に会いに行けたそうです。驚きなのが、そんな状態であっても視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの五感はハッキリしていたという。

 

実は、このような体験は海外でも確認されている。コルトン・バーポという少年は、臨死体験時に「天国」を見たと言います。その世界には、亡くなったハズの祖父、天使や悪魔、さらにはキリストもいたという。コルトン君は祖父の顔を知らなかったが、なぜか天国では祖父だと理解したという。イエス・キリストも現在出回る肖像画とは別人だったが、なぜかイエスだと理解できたというのです。※当時はコルトン君の両親も懐疑的であったが、コルトン君の話があまりにもリアルなので疑う事をやめたという。

 

生まれ変わりはできるのか

木内鶴彦氏曰く、生まれ変わりは輪廻転生などの一般的な「生まれ変わり説」とは少し異なるそうです。これは臨死体験時に気づいたそうですが、生まれ変わりは「戻る感覚に近い」と言います。

 

まず、人が死ぬと膨大な意識の中に取り込まれる。それが死後の世界(天国、タイムトラベル、瞬間移動ができる世界)。そして魂はその世界に溶ける。「個」から「全」に戻ったその一部が雫のように垂れ、新しく産まれてくる肉体に入り込み、DNAと結びつき「個性」が産まれてくるという。そのため「今までに亡くなった全ての人が、自分の前世だ」と彼は言います。

 

スピリチュアルな世界ではよくある話だが、確かにこれなら前世の記憶を持つ者が現れる事にも納得できる。だが、日本の定説とされる六道輪廻説が大きく覆された結果になってしまった。

 

死後の世界が実在する科学的根拠はない

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※画像引用元はコチラ

 

ここまで臨死体験や死後の世界について紹介致しましたが、実はこれらの話をまとめる説が存在する。それが「死は幻想説」。そもそも死ぬと言う考え方は三次元の考え方であって、本当の意味で死ぬことはできないという説です。

 

量子力学や脳科学を研究しているロバート・ランザ博士という人物によると「肉体ではなく意識がこの世の中を作っている」という。彼は死ぬことを「別の次元に行く」と言っていて、肉体と意識は別物と考えている。

 

死ぬと肉体から意識が離れ、幽体離脱時や臨死体験時に見る領域に行くという。※夢などで見る光景もこの領域ではないかと考えられている。ここは潜在意識に依存している次元のため、思った事が現実になるという。そう考えると、様々な臨死体験やさきほど木内鶴彦氏の臨死体験時の出来事も納得できる。

 

つまり、ランザ博士の考えによると、意識は肉体の死後も生き残り次の宿主へと「移行」するというのです。これまでの記憶はその移行先で途絶えるらしいが、一部の子ども達が記憶を維持している現象は、脳の発達となにかしらの関係があるという。※ちなみに、魂は人間の松果体の位置にあると言われている。※松果体については【第三の目「松果体」を活性化して人間の潜在的な能力を引き出そう】をご覧ください。

 

まとめ

海外の情報を含めると臨死体験や死後の世界については調べれば調べるほど情報が出てきます。臨死体験は多様性のある現象であるため、正直どれが正解かわかりません。ただ一つどの話にも共通して言える事は、いろんな意味で「ふわっとしてる」ことでしょう。

 

今回の記事では六道輪廻の考え方が否定された結果になってしまいましたが、個人的には六道輪廻や三途の川が存在している事を願いたいです。ビュンビュンと空を飛ぶような体験より、三途の川を渡ったり、地獄で閻魔様にペンペンされる方が物語としては面白そうです。

 

なんにせよ、こういった臨死体験が科学的に証明された事はなく、未だ多くの論争がある分野でもあります。臨死体験についての研究はまだまだ継続途中とされている状況なのです。今後研究が進むともしかすると人の真理に触れる発見が出てくるかもしれません。新たな発見があればまた記事としてまとめたいと思います。